「勉強させていただきました。今後が期待されます。」 おすすめ度:
投稿日:2007-11-23
勉強させていただきました。読ませる文体・構成,よく勉強して整理しようとしている姿勢...感心しました。しかし,著者にはもっと立派な著作をものにしてもらいたい。よっておじさん精神科医の気のついた,苦言めいたことを以下に記します。
1.「身体の哲学−精神医学...」という題名からすると第一に取り上げべきは,なんてったって身体化障害(もしくは身体表現性障害)ですよね。議論の素材として摂食障害,解離症(著者の造語),境界例を選んだのは恣意的にだということだけれど,それでは,議論が本筋をずれることになりませんか? 「存在」や「ハイマート」についての議論は,BPO水準の患者には当てはまるだろうけれど,神経症水準の「解離症」や身体化障害には妥当でしょうか?
「私」と「あなた」が一緒だけど違う,違うけど一緒(反転可能)というキアズマ構造に身体がからむという著者のキアズマ論は,身体化障害にこそ,しっくりと応用できるのではないでしょうか。(もちろん論述を少し変更する必要はあるでしょうが...)
2.精神分析の言説を避けるといいながら,まだ多すぎる。精神分析の治療関係論の厚みはやはり抜きん出ていますが...,投影性同一化みたいな分かりにくい精神分析的概念でなく,もっと素直な現象記述・概念を使うよう頑張って欲しい。例えば,著者も引用しているワロンの感情論なんか使えると思いますけれども...(古すぎますかね?)
3.著者は,解離症患者に対して治療者が抱く「治療意欲が置き去りにされた空虚な感覚」を,「統合失調感」や「境界例感」にならって,「解離症感」と記述していますが,「統合失調感」と比べると,ずっと面接者のスタンスで変わりうるものだと思います。相手の態度によって変化することは「解離症」患者の特徴のように思います(境界例のカメレオン現象とは異なる。念のため)。そもそも「解離症」患者の陳述は,いわゆるヒステリーの一部として,一定の筋書きにそって「装っている」,「演じている」というニュアンスが感じ取れるもの(それを知っていれば安心して傾聴できるもの)ではありませんか? これって,精神科医の常識に属することですよね。
4.境界性パーソナリティ障害を境界例と言い換えて,境界例概念にまとわりつく神秘的な雰囲気をかもし出しているように感じられること(症状記述はいいのですが...)は遺憾です(少なくとも古すぎます。いまや一般向けに境界性パーソナリティ障害の解説本が続々と出版されているのですよ)。境界性パーソナリティ障害は,現在すでに治療が定式化されつつあり,心理(治療)教育も始められている障害です。境界例の治療関係が混乱しやすいという従来の議論の大部分は,かつてその精神病理がうまく捉えられていなかった(手探り段階だった)ゆえに生じたものだと私は思います。
などなどの異論や,議論の詰めが甘い(特に最終章。それから自己肯定感や親の拒絶といった概念を十分な定義なしに「存在」や「ハイマート」と結びつけて論じるのは「哲学」ですか?)などの問題点を見出しましたが,議論の組み立て・方向,結論の大枠に異議はありません。
本書の著者をはじめ,若い世代の精神科医には,本書のような有意義な精神病理学の業績を積み重ねてもらいたいと強く願っています。
「精神と身体の切っても切れない関係」 おすすめ度:
投稿日:2007-04-30
精神病理学といえばフロイト、そしてフロイトのエス…。しかし本書はそのフロイトのエスではなく、恐らくそのフロイトがエスという概念にいたるきっかけとなった、「オリジナル」とも言うべき、グロデックの提唱した<エス>(本書ではフロイトの言うエスと区別するためにカッコ付きになっている)を根幹に、身体と精神の関係をわかりやすく解説している。
精神病理というと、頭、脳の内部だけが関与する現象と考えられがちだが、その根幹には身体モデルとも言うべきものがある、と筆者は指摘する。身体をいかに認識し捉えるか、ないしは「自己」と統合するか、ということが精神に深く関与しているというのである。つまり、身体を通して外界と接触することこそ精神活動の本質なのであり、その異常が精神病理を引き起こすというものである。
精神病理の例として、拒食/過食症、解離症、境界例の3例を元に、先に述べたグロデックの<エス>の面から解説を加えている(なお、この病理名は筆者独自の命名であり、一般名称ではない)。フロイトの精神病理学とは違って、外界とのコネクションを司る身体に注目を当てている点で、いずれの考察も興味深い。また、精神医学独特の用語が頻繁に出てくるが、しっかりと解説がなされているため、全くその手の知識がなくても読み進めることができた。
やや哲学的な側面からのアプローチが多すぎるという感じもするが(精神医学というジャンルがそういうものなのかもしれないが)、表現はわかりやすく、内容も理解しやすい。フロイトの理論にとどまることなく、少し「深い」精神病理の考察を味わいたいという方におすすめ。